阪神淡路大震災で思うこと

今、HPが揺れましたね。
このように地震は予期せぬ時に
突然起こります。

私は悲しく思います。
これを天災であったと一言で片づけられるのでしょうか?

 嘗て、アメリカの西海岸で大地震が在った時、建物や高速道路の倒壊がテレビの画面に映されました。私も含めて日本の学者や建築の設計に携わる人々は「この様な事態には我が国では起らない。我が国の耐震設計は世界でも最高水準の設計である。」と口々に言っていたものですし、又そう信じて疑う者もおりませんでした。

 早朝、地震が阪神地方で在ったことが伝えられ、ヘリコプターからのTV映像が神戸の街全体を映し出しました。幾筋かの煙が立ち昇っているのが見えますが、まだ状況は把握出来ません。映像は次々とズームアップし、あの惨澹たる状況を映し出したのです。私は自分の中の何かが崩れ落ちてゆくものを感じながら、その映像を食い入る様に見守りました。鉄骨造の商業ビルの倒壊、総合病院のRC造の中間階のせん断破壊、高速道路の柱脚の破壊、特に被害の多かった木造家屋の倒壊・・・なぜ?なぜ?

しかし、わたしの中にグルグル廻る言葉がありました「工事監理者不在」と言う言葉です。工事監理者と言う存在が何をする人なのか?何人の方が知っているでしょうか。全国民の一割もいないのでは無いでしょうか。これほどに重要な業務が知られていない、これこそが、この国の悲劇では無いのか!・・・と思わざる負えません。欧米では当然である第三者の工事監理者が日本では、まだまだ形だけの場合が多いのです。

地震で倒壊する場合、その原因は設計ミスと施工ミスがありますが、設計ミスの場合は日本のような地震国は安全率を高くみてますので、それほど大きな問題に至らないと思いますが、工事が設計図とおり施工されているか否か?を確認するのが工事監理者の役目です。これは大変重要なことで第三者が本来見るべきことなのでしょうが、日本の風習では昔は大工さんが現在の設計と工事をしていましたので、現在もその風習で設計施工の多い日本では第三者の工事監理はなかなか実現しないところです。また、第三者的にみえる設計事務所でも、構造に精通している意匠設計者は百人に一人程度かもしれません。その現状では安心できないのが工事監理だと思います。

本来倒壊する筈の無い建築が倒壊する。これは構造に深い知識のある設計者の第三者工事監理者不在による人災でもある、という結論に私は達しました。建築する時は出来る限り信頼できる第三者の工事監理者をつけて、地震が来ても生命は失わないような建築を建てて下さい。本来は当たり前のようにみえる事でも現実はそのような体制にないのが実情です。

家族の命を守る建築を造るのは、あなたの認識や人を見る目に懸かっています。家を造る人を選ぶのはあなたが「この人なら命を預けても構わない」と思うほどの方を選びましょう。全てはあなたの「見る目と認識」に懸かっています。知らぬが仏で本当の仏にならないでください。

YUKIO OGIHARA
ARCHITECT & SHOU ASSOCIATES