家造りとは
家を造るとは・・・・
家はどのように造るものなのでしょうか?
わたしは家というのは住まう方の大いなる潜在意識の表現であると考えております。
住宅は人がやすらぎを持った安心・安全に暮らせる器造りです。安心・安全は防犯、地震、台風に耐えうる家ということになります。
これについては他でも書いていますので、ご覧ください。
ここでは内面的なやすらぎということに触れてみようと思います。
「やすらぐ家」という言葉からみなさんはどのようなイメージを浮かべますか?
いろいろあると思います。皆さんの頭の中には沢山のやすらぎがあるものです。
それはそれで大切な家造りのファクターですが、それは今まで経験し創り上げられたものでしょう。
その結果、それを具現化することは大切なことです。
しかし、家はその時期に考えていたファクターだけで造ると創った途端に、家そのものは創られた時点で
停止します。しかし、皆さんの経験は生きている限り継続します。停止する家と人の継続。この矛盾を回避
する為にみなさんは家具や小物、植物、などを飾って家の停止を解き人の継続と合せるように努力します。
時間が経つとそのような努力だけでは家は人との継続とのギャップが埋まらなくなり、いよいよ、行き詰まります。
やがて、資金も多少溜まり、いよいよギャップを埋めるために家そのものをリフォームしようと考えます。
そうです。将来のリフォームに耐えうる家にしないといけません。それにはいろいろな方法がありますが、ここでは
省きます。しかし、よく考えてみてください。リフォームする必要のない家はできないのか?
ここが今回のポイントです。
家造りをするときに、大切なことはそれまで経験したみなさんの考え方を家に注入するのですが、そのまま
実現するならばハウスメーカーや工務店の建物でもいいのかもしれません。しかし、そこで一歩立ち止まって
考えてみてください。今まで考えてきたこと、経験してきたことだけでは家そのものは造った時点で停止してしまう
わけです。意識レベルのことだけですと、思うところのものを実現するだけですが、無意識レベルのことも実は
大切なことです。無意識は意識していないですからわかりません。無意識といっても心理学の無意識までの話
ではなく、意識しすぎて家は、こう有るべきなどと先入観を持つことが果たして将来の自分にプラスなのか?という
始原的なことです。一度先入観を捨てて、奥底の本当に自分が住まう家について考えてみることです。
「座禅を組んで空中で瞑想する自分」
「裸で外に出て大の字になり、自然と同化する自分」
「穴倉にこもり眠りたい自分」
などなど、実現できそうもないこといろいろです。しかし、これらを実現するのが本当は私達建築家の仕事なのです。
空中に浮かすことはできませんが、浮いたようには造れます。
裸ででても外部の視線を避けて自然と同化する空間も造れます。
考える穴倉、眠る穴倉、本を読む穴倉、そんなのもできます。
「できそうもないこと」と捨てないでください。
可能性を捨てないでください。
無意識な家造りとは「自分を捜す家造り」なのです。
できそうもないこと。そんなことを実現することが私達なのです。
YUKIO OGIHARA
ARCHITECT & SHOU ASSOCIATES